リーディング公演での震災フラッシュバック

 
 
 
 昨日の午後。トーキョーワンダーサイト渋谷でのリーディング公演を観に行った。この公演は、東日本震災復興支援チャリティ展「Art for Tomorrow」の一環。
 日本橋へ立ち寄る用事ができたのと、マウンテンバイクの前輪が急にパンクしたのと、地震が発生するたびに地下鉄が数分間停車したため、矢内原美邦さんの演出による公演には残念ながら間に合わなかった。

 このウェブサイトにあるMAPを頼りに現地へ向かったが、会場を発見できない。パルコパート1、パート2の近くということまではわかっているので、周辺をぐるり1周したのに到着せず焦ったが、なんとか時間までに会場入り。区の建物の中ということや、建物の外観写真をウェブサイトに入れておいてくれれば見つけやすいのに、と思った。

 こういう場所なんだ、という情報をビジュアルとして頭に入れておくと、会場を見つけやすいということがあるので、できれば、ウェブサイトをそのようにしてほしい。まあ、僕がここまで注文することはないかもしれないけど、外からすぐにわかりやすいような看板が出ているわけではないのだから、住所だけでなく、せめて建物の名前まで表記してほしい。

 前置きはこのくらいにして。宮沢章夫さんの演出によるこの公演、実は先日、森下スタジオで観たリーディング公演の流れにあるものだった。
 10名ほどの男女が椅子に座り、台本を観ながら言葉を発生する。ところどころ受け答えはあるものの、ほとんどの場面では、全体で会話が成立しているわけではない。だから、全体がつつながっていないように思えるが、じょじょに会話がつながりはじめる。個々の人間がバラバラにしゃべりながら、後半に進むにしたがって、ひとつの方向へ収束しはじめるといえばいいのだろうか。クールで現代的で、どこか冷めているようで、でもそこがリアルでもあって、どこでにでもありそうで、どこにもない世界。
 茨城県守谷市でアーティストのためのレジデンスで働く女性のセリフなど(男性が読んでいた)、どの登場人物も、その言葉を発するその人そのものではおそらくないのだろう。
 
 以前、森下スタジオで、インタビューによって作られたセリフだから全体の会話としては完全にはつながらない、というような話を聞いたような気がするが、あれは宮沢さんがおっしゃっていたのか。あるいは、そう記憶しているだけで公演後、出演者の方からそういった話を耳にしたのか、記憶が定かでない。
 エンディングの場面、床に散らばった紙に書かれた言葉を、出演者が順番に読む。日付、時間、そしてひとこと。そこには震災と関係がありそうな言葉もあれば、特に無関係な言葉もある。しかし、それが「3月11日」あるいは「3月11日以降の、3月11日に近い日」を俳優(職業的な俳優でない人も混ざっていたと思う)について話されると、胸がざわつくというか、ドキドキする。これは私だけなのか、観ていた他の観客だったのか、そこまではわからない。

 あの日、私は桜新町で、デザイン事務所の人たちとあるウェブサイトとカタログについての打合せをしていた。場所はワインと串焼き(串揚げだったかな)が売りの飲食店。そこで撮影があり、私はその撮影には参加していなかったのだが、その時間、デザイン事務所の人がそこにいるというので電車で向かった。

 行きしは問題なく、打合せも後半に差し掛かったとき、あの地震は発生した。1階というか半地下にような店舗は激しく揺れ、壁につくられた棚に置かれたワインの何本かか床に落ちて割れた。何度も揺れるので、外に出たら、サザエさん通りには近所の飲食店のスタッフや地元住民らしき人が何人も立っていた。口々に今の揺れについて話しながら、みな、少し上方を見ている。自分がいた建物や周辺のビルやマンションの上のほうの階を見ているという感じだった。
 
 大きな揺れの度に中断していた打合せが終了し、電車が動きそうにないので、そこから5時間強歩いて私は隅田川を越えて帰宅。自宅にたどり着いたのは夜の9時半頃ではなかったか。エレベーターが止まっているため10階まで階段を上がると、もうへとへと。オーロラシューズという柔らかい靴を履いていたとはいえ、やはり革靴。資料を詰めたリュックを背負っていたし、足は疲れきっていた。
 
 扉を開けると、そこに家族の姿はなく、あらゆるものが倒れ、食器が割れ、米や本が散乱している床はもう立つスペースがないほど。
 デスクから床に落ちていたマックブックがまだ使えそうなことだけ確認すると、すぐさま、外に出た。また1階まで降り、妻と子どもたちに再会した。
 結局、その日は(次の日もだったが)マンション1階に集会室に泊めてもらい、私が部屋までいったん戻り、掛け布団を運び、敷き布団がわりに集会室の座布団を使用。
 
 もう死ぬかと思った、と妻から聞いたのはその夜だったか、翌日だったか。あの日の14時46分、築38年のマンションの10階の自室にいた妻は、今までに体験したことのない激しい揺れに遭遇し、建物ごと倒れ、私はこのまま死ぬ、ここで自分の人生が終わるのかと本気で感じたという。その恐怖について、僕が何度ねぎらおっても、心配しても、「あの恐さは、あの場にいた人間にしか絶対にわからないと思う」という。上から8割くらいの位置まで入っていた浴槽の水が、底から10センチほどを残してすっかりこぼれてしまっているのだから、どのくらい凄まじい揺れだったか。

 食器は半分以上が割れ、いろいろな物が壊れたが、家族全員ケガがなかったのは不幸中の幸い。震災後、今まではあまり話したことのなかった同じマンションの住人とも比較的会話を交わすようになったし、うちのように、棚が倒れ、あれこれ壊れたけど、(失礼な言い方もしれないけれど)東北の方に比べればこのくらいは、といった言葉を何度聞いたことか。

 昨年夏まで住んでいた下北沢なら、桜新町までそんなに遠くないのになと思ったこと。池尻大橋より渋谷寄りだったと思うけど、そこにあった松屋か何かで隣り合ったおじさんから、伊豆の辺りから出張で来ていると言われたこと。JR渋谷駅を通り抜けるのにずいぶん時間がかかったこと。渋谷駅に改札と東急東横店の店舗の前の通路に何人もの人が座り込んでいたこと。渋谷警察の前で、警察官が地図を手に道行く人に帰り道を案内していたこと。外苑前の立ち食いそば屋で、また同じ女性に会った、さっきからよく見かけるけど同じ方向なのかな、と思ったら、実は男性だったので驚いたこと。246の自転車に人が並び、大勢の人が自転車を買うために並んでいたこと。赤坂東急のすぐそばで会った人に信号待ち中、秩父(だったかな)から来ていて帰り道がわかりません、新宿はどっちですか、とたずねられたこと。赤坂東急から皇居に寄ったところで、すれ違ったおばさんが「戦争みたいだね」と言っていたこと。皇居のまわりを歩いたら、緑が多くてその緑が風を防いでくれるからあまり寒くなかったこと。日比谷公園の中を歩きながら、向島に帰ろうとする女性とその母親に会ったこと。日比谷の外資系のホテルのそばのスルガ銀行ATMに何人もの人が入っていくなと思ったら、ATMの機械の前が比較的広いためか、ブルーシートがだだーっと敷かれ、大勢の人が座ったり、横になったりしていたこと。有楽町の駅までで号外をもらったこと。銀座の中央通りで横に並び、会話をして若い男性サラリーマン(らしき人)は、桜新町から来たと僕が言うと、僕の実家は桜新町なんですけどあの辺りはどうでしたか、と聞かれたこと。その人は、天王洲アイルのビルの26階にいてものすごく揺れたらしく、これから日本橋にある住まいに戻るということだった。その後、会った人は中央区新川の辺りで、僕ここの立ち飲み屋でときどき呑んでいるんですと言い、あ、水ありますか、会社でもらった水が3本あるんで1本どうですか、と「保存水」と書かれたペットボトルをくれたこと。その男性と、あ、こんなところに屋台が、と言いながら永代橋を渡る際に見た屋台が、先日訪れた屋台バー「トワイロー」であったこと(あとで聞いたら、広告代理店勤務のTさんはその頃、いや少し前だったかな、とにかくその日、トワイローで呑んでいたそう)。永代橋を渡り、その男性と別れる際、葛西までまだありますけどがんばってください、と声をかけ、もうここまで来たらひと息ですし、千葉まで歩いて帰る人もいるみたいだし、それに子どもたちのことも心配なのでがんばります、とその方が明るく言い、そのエネルギーに元気づけられたこと。

 といったあれやこれやが、リーディング公演のメモを読みながらしゃべる場面になるとわーっとこみ上げてきた。

 これは、震災のあとだからかもしれないけど、演劇が自分のリアルな記憶をここまで呼び覚ましたことは今までなかった。少なくとも、私にとっては初めての体験。
 いや、3月末に森下スタジオで観たときにも、さまざまな思いが自分の中を逆流してきたから、それを含めれば2度目の経験。

 森下スタジオの公演後、宮沢さんにも話したけれど、床にバラまかれたメモを出演者が読み始めた瞬間から、「演技が上手いか下手か」「話の流れがいいかわるいか」「おもしろいかおもしろくないか」といったこととは切り離され、というかまったく別の次元のものになってしまうように感じられ、自分でもよくわからないが、不思議な演劇に思えた。

 つくられたもののようで、ノンフィクションのようで、芝居のようで、演技をしているようもあり、まったく演技をしていないようでもあり。何なのだろう、もしかしたらまったく新しい何か、なのか。

 眼鏡をかけた若い男性による、最後のセリフが耳にこびりつく。思い出すと、胸の奥が痛いというか、ざわざわする感じ。
「もう、日本に安全なとこ、なくね?」
  

 
 

Yasu
  • Yasu
  • デザイナーを経て、クリエイティブディレクター、コピーライター、ライターに。「ベースボール」代表。広告&Web企画・制作、インタビュー構成をはじめ『深川福々』で4コマ漫画「鬼平太生半可帳」連載中。書籍企画・編集協力に『年がら年中長嶋茂雄』など。ラフスケッチ、サムネイル作成、撮影も。

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