プログラミングについてわかりやすく書くのはむずかしい

 
 プログラミングについて多少なりとも学習(学習というのはなんかイヤな言葉だな)してきたつもりだが、プログラミングのことをプログラミングの知識がほとんどない人に説明するのはむずかしい。
 私の知識が中途半端で、実際の技術も半端だから容易でないということも理由のひとつだが、プログラミングの専門用語をほとんど使わずに、プログラミングの魅力やプログラミングの簡単さや困難さなどを説明するのは、それほど楽なことではないだろう。
 と、こう書いただけでも、記述内容に具体性がほとんどない。はて、どう書くのがいいのか。すぐに答えは出せそうにないので、ちょっとずつ考えながら、ときどき(思い出したように)書いていくことにしようと今、考えている。
 
 
 

急激に減速する変化球に突き指

 
 息子とキャッチをボールをしていて、私がキャッチャー役をやっていた際、息子の投じた球が思いのほかブレーキがかかり、うまく捕ることができず、右手の薬指を負傷してしまった。スライダーというか、スローカーブのような変化をしたのではないか。
 うっ、痛い。当たった瞬間、のけぞった。指が折れたかと思った。いや、折れてはいなかったが(今も痛いが、薬指を動かせるのでおそらく折れてはいないはずだ)、激しい痛みだった。
 息子は心配してくれつつも、右手を出しちゃダメだよ、と冷静な言葉を発する。まあ、そらそうなんだけど。水で冷やしたほうがいいよ、と息子に言われ、すぐそばの公衆便所の手洗いで指に冷水をかける。昼過ぎの時間帯とはいえ、新聞によると最高気温9度の日の水道水は冷たい。
 正確には、薬指の先にボールが当たったというより、指の腹に衝突したのだが、のけぞるような痛みを体感したのはいつ以来だろう。野球のボールが軟球でよかった。硬球なら、骨折していたのではないか。
 当たってから6時間ほど経過して現在、右手の薬指でパソコンのキーボードを叩くのは正直いって躊躇する。
 

Godと神を意識した元日

 
 夕方、家族を代表して湯島天神へ。大江戸線の上野御徒町駅から歩いて10分ほどと、事前に調べてある程度はわかっていたが、思ったより遠い。正月で混雑しているため、参拝のためのルートが決められていたからだ。
 そのことを警察官の誘導で知り、列の最後尾に並ぶ。三なんとか、そうそう、三組坂というところだった。自宅でスマホでチェックしたとき、30分から1時間並ぶと書かれていたが、お賽銭を投げ入れるまでに要した時間は、1時間10分ほどだったか。晴れてはいたが、かなり寒かった。
 並んでいるなか、スマホにダウンロードして「新潮社創業120年記念トーク 筒井康隆」というコンテンツを聴いた。今あらためて確認すると、スマホの画面に「残り1時間21分」と出るので、実際に並んで時間は1時間25分ほどだったかもしれない。境内に入って本堂までじりじりと進む途中、聴き終えた記憶があるからだ。
 筒井康隆さんはその音声コンテンツ(Audible(オーディブル)というサービス)のなかで、自身に小説に登場した「God」について語っていた。そのGodが登場する小説を私は未読だが、Godについてのトークを耳にしながら、神への参拝を待つというのは不思議な心境であった。
 筒井康隆さんの作品をひさしぶりに読み直したくなった。

 
 

映画に出た夢

 
 なぜか、映画に出ていた。といっても、夢の中の話だが、夢の中でふと気がついたら、路線バスのようなつもりのバスの、いちばん後ろの座席に座っていて、私の2つ右の席に、嵐の二宮さんがいた。
 私はエキストラに近いというか、ちょい役みたいだったが、二宮さんと同じ映画に出ているらしく、見ると二宮さんだけでなく、乗客は法被(はっぴ)だか半纏(はんてん)だかを着ていて、バスでどこかへ移動中のようだった。
 そのうち、どこかに停車した際、仕事があるのでここで失礼します、と私は途中で帰らせていただいたのだが、監督が「移動中のバスに車内も撮影していますので」と言っていたのを思い出した。あ、もしかしたら、私が途中でいなくなったため、バスの中のシーンが不自然になってしまったかもしれない、とちょっと後悔。といっても、そのことに気がついたのは、目が覚めてからだった。
 バスの車内に法被か斑点の男がいっぱい。いったいどんな映画だったのだろう。
 
 
 

PHPはサーバにアップして確認

 
 プログラミング言語のPHPをさわる。JavaScriptはエディタなどでコードを書いてブラウザで開けば表示や動作などを確認できるが、PHPはサーバにファイルをアップしてから確認する必要がある。
 
 JavaScriptにくらべて少し手間がかかるが、その分、期待通りに表示されたとき、余計にうれしい気がする。いいぞ、PHP。
 
 
 

Pythonのエンジニアは引っ張りだこ!?

 
 きょうもMacのターミナルを立ち上げ、 irbと入力し、enterキーを叩き、プログラミング言語のRubyを少しさわる。簡単な計算(引き算)をしただけなのに、なんだか楽しい。

 立ち寄った人形町の文教堂書店のコンピュータ書籍コーナーでは、Python(パイソン)の関連本がまた増えていた気がする。AI(人工知能)絡みということもあって、(プログラミング言語の)Pythonにこれまで以上に注目が集まっているのだろうか。並んでいた本の1冊(Pythonの入門書)に、「Pythonのエンジニアは引っ張りだこ」といったことが書かれていたが、本当に本当なのだろうか。
 
 
 

ドラフト会議まであと数時間

 
 1回はドラフトのくじ引きたいな

 
 と投稿してちょっとたって、今度はこんな投稿をしたくなった。

 
 先ほど、ドラフト会議がらみの俳句のようなものを投稿したけれど、本音はこんな感じだったりして。

 1回はドラフト会議で呼ばれたい #haiku?

(上記はほぼ、facebook、twitterに投稿した内容です)
 
 
 

Macのターミナルで「Ruby」ことはじめ

 MacのTerminal(ターミナル)を立ち上げて、Rubyを試してみる。うん、いい感じ。

 そうか、そうか。

Hello World.

 と表示させるのに、printでなく、putsを用いて

puts “Hello World.” と書いて(Terminal上で)改行すればいいんだな。なるほど、なるほど。
 
 
 
と、参考にしたのは、この「20分ではじめるRuby」。
 
 
 

ご無用とゴム用

 
 Audible(オーディブル)という音声サービスで、ある本を読んでいたら(正確には、聴いてきたら)

 その心配は ごむよう である

 という言葉が出てきた。これは無論、「その心配はご無用である」が正解なのだろうが、私はなぜか「その心配はゴム用である」だと思ってしまった。いや、一瞬で自分の間違いに気づき、「ゴム用」でなく「ご無用」だよな、と気づいたがこういう場合、なぜか「ゴム用」が気になってしまう。こういうの、私だけなのだろうか。

 一度、勘違いしてしまうと、頭では理解できても、間違った連想はなかなか収まらない。

 私が記憶しているところだと、学生時代のことだっか。お笑いコンビの「ウッチャンナンチャン」をテレビで初めて観たとき、私はなぜだか、ウッチャンとナンチャンを逆に覚えてしまった。どっちがどっちなのか、名前と顔が一致するのに、その後しばらくかかったような気がする。

 最初の思い込みというのはやっかいなのが。