小谷元彦ワールドに包まれる快感

 
 
 
 小谷元彦『幽体の知覚』(個展)に足を運んだ。会場は東京・六本木の森美術館。会期最終日の前日だったためか、午前10時過ぎなのにすでにかなりのお客さんが入っていた。
 妻から、森美術館史上2番目の観客動員となっていると聞いていたからそのことに驚きはしなかったが、なぜそこまで入るのだろうと思った(これまでの1位は森美術館がオープンした際の展覧会「六本木クロッシング」のようだ)。
 素晴らしい展覧会だったのだが、告知が上手だったからか、小谷さんがイケメンだからか、あるいは宮部みゆきさんが売れているように、ある程度よりも上に出ると、そこにいっきに人があつまるということか。つまり、売れるものは極端に売れ、そうでないものはほとんど売れない、といったような。ということは、インターネット上にはロングテールはあっても、リアルにはロングテールは存在しないのか、存在できないのか。

 話がそれてしまったが、ケチをつけようとしているわけではない。その逆で、素晴らしい展覧会だった。歩行矯正器をつけたバンビ(鹿)、髪の毛を編んだドレス(『ダブル・エッジド・オブ・ソウト』(ドレス02)』)、いろいろな作品で何度もモチーフとして登場するガイコツ、上下左右の感覚を奪われるような奇妙な滝(作品名「インフェルノ」、樹脂でできた骨によるニュー・ボーンシリーズ……

「インフェルノ」というのは「地獄」という意味のイタリア語らしく、スティーブ・マックイーンが主演していた米国のパニック映画『タワーリング・インフェルノ』を思い出した。いや、『インフェルノ』というホラー映画もあったかもしれない。ぐらぐら気持ちわるいようで、気持ちのいい地獄。天国のような地獄か、地獄のような天国か。

 白というよりも生成りのような色のニュー・ボーンシリーズの部屋では、タツノオトシゴのような美しい形状の骨がいくつも並ぶ。以前、メゾン・エルメス(銀座のエルメスにあるギャラリースペース)で発表された作品のようだが、見とれてしまう美しさ。骨には本来、色らしい色はないし。なんだろう、あの感覚は、恐いともいえないことはないけれど、もっと深いところ、自分の遺伝子に語りかけてくるような感じというのだろうか。こう書きながら、なぜか、中学生のときに拾ったおじいちゃんの骨(遺骨)を思い出してしまっている。

 2頭のオオカミの頭を左右に向けた作品(『ヒューマンレッスン(ドレス01)』1996年)、歩行器を付けた痛々しくも見えるバンビなど、生理的に働きかけてくる作品。樹脂と違い、木彫の作品もある。武士のミイラのような人物が(あれは、騎士かな)刀を持ち、ミイラのような馬に乗った木彫の作品(『SP4 ザ・スペクター—-全ての人の脳内で徘徊するもの』2009年0を見ていると、恐いような切ないような気持ちにもなった。テリー・ギリアムの映画『フィッシャー・キング』に出てくる馬に乗った騎士を思い出す。

「死」以外に、「エロティック」というのも同時に感じさせられる小谷作品。こういったキーワードだけを並べても美術作品を語ることにはならないが、ほかに「ポップ」という言葉も浮かぶ。「ファンタジー」な世界観も感じられる。

 ニュー・ボーンシリーズからはエロティックなものを感じられたが(実はほとんどの作品からも感じられた)、そもそもエロスとは何か。ウィキペディアを引けば、「エロース、エロスは、ギリシア語でパスシオン則ち受苦として起こる「愛」を意味する普通名詞が神格化されたものである。ギリシア神話に登場する恋心と性愛を司る神である」とのこと。恋愛、性愛という言葉が入ってくる。そして、死だ。

 恋愛、性愛、死。これらを美しく、ソフィスケートさせ(品よく)、ファンタジック(幻想的、空想的)に見せてくれる小谷ワールド。切れ味鋭い現代アートでありながら、プラモデル(わかりやすくいうと、ガンプラか)のような手触りも持った作品。洗練されていながら、フィギュアのような俗っぽさも兼ね備えている。
 
 昨日の個展会場で感じたあの気持ちよさは何か。子宮に入り込んでしまったような安心感を、無意識に感じたのか。小谷さんは男性だけれど、母体感覚というのか、子宮感覚というか、そういったものを持っているのかもしれない。いや、両性具有な感じか。

 会場で作品に触れ(もちろん、直接触ったわけではない)、同時に展覧会場に集う多くの女性のことも気にしながら、小谷ワールドを堪能した。

 個々の作品に心を動かされながら、会場構成の見事さにも感心した。部屋ごとに作品の雰囲気が変わる。小谷さんの作品を時代の変遷とともに追っていたのかはわからないが(発表年をきちんと見ていけばよかったかな)、ひと部屋、ひと部屋、作品ががらりと変わっていく、あの気持ちよさ。あの快感。

「キュレーション」という言葉を用いればいいのか。佐々木俊尚さんの新刊『キュレーションの時代』(ちくま新書)によると、「キュレーション【curation】とは、無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること」だそう。キュレーションというのがいいのか、編集というのがいいのかわからないが、作品群を整理して、見やすく提示していたのはまちがいないと思う。森美術館のキュレーターとのコラボレーションともいえるかもしれない。「展覧会場において、小谷元彦という作家のこれまでを観客に伝えること」に成功している、と感じた。

 アーティスト小谷元彦にして、キュレーター小谷元彦。エディター小谷元彦ともいえるかもしれない。

 会場の最後に椅子が並べられ、今回の作品展までのドキュメンタリー映像のようなものが見られる。言い回しは正確ではないかもしれないけど、「最終的にできるものはどうでもいいんですよ」みたいなことを小谷さんが口にしていて、興味深かった。また、「プロセスが好き」「プロセスが楽しい」「プロセスが大事」みたいなことを言っていたのではなかったか。あれだけの完成度の高い作品をつくりながら、矛盾しているようにも思えたけど、おそらく、小谷さんの中では矛盾していないのだろう。

 映像の冒頭に近い部分で、「全部、レイヤーとして考えてますから」みたいなことも言っていたけれど、あれはどういう意味だったのか。レイヤーとは「層」「階層行動」といった意味で、Adobe IllustratorやPhotoshopなどのグラフィックソフトや画像編集ソフトなどでも使われる言葉だ。展覧会場を観客が歩きながら作品を出会う際、手前のレイヤーから順番に見ていくようなイメージか。

 Ilustratorの「オブジェクト」にマウスを持っていき、「重ね順」→「「最前面へ」「前面へ」「背面へ」「最背面へ」「現在のレイヤーへ戻す」のどれを選ぶか、といった操作をイメージした。

 ああ、わかったようでわからない。小谷さんに煙に巻かれたような気にもなる。

 ドキュメンタリー映像の中で、「混乱と静謐」 という言葉も語っていた。整理されているように見えて、会場を出て帰宅して、その翌日でも「あの展覧会は何だったのだろう」「なぜ、あんなにお客さんが入っていたのだろう」「なぜ、あんなに女性が多かったのだろう(小谷さんが知性的なイケメンだから?)」など、まだ頭の中がグルグルしている。混乱しているというべきか。

 仕事柄というべきか、資料という意味も含め、ビジネス書を読むことも多い。「こうすると、うまくいきやすい」「こうしたほうが効率的がいい、確率が高い」といった内容もいいけれど、答えの出ない気持ちよさもある。整理できない快感もある。というわけで、たまには、正解の出ない体験へ。
 
 
 本日開催の東京マラソンも気になるけれど、この展覧会もきょう(2月27日(日))限りなのでお見逃しなく。

 六本木ヒルズの森美術館で10時から22時(入場は閉館時間の30分前まで)。
 

 入り口で借りられる音声ガイド。小谷さん本人による解説もあるみたいなので、そちらもぜひ。帰宅後、そのことを知ったので、僕は「本人解説」を体験できなかった。
 
 


Comments

“小谷元彦ワールドに包まれる快感” への7,284件のフィードバック

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